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大江本家113年 歴史の原点

鬱蒼とした原始林に囲まれ、ロマンと壮大な夢を持つ大地、ムカ原野。
その原野を流れる無加川(むかがわ)のほとりに大江本家があります。
温根湯はアイヌの言葉で、「大きな湯の沸くところ」が語源と言われ、古くから知れていました。当時、アイヌ人たちは、自然に湯が湧き出ている無加川沿いに、いわゆる拝み小屋を建て、狩猟期の宿泊場所として利用していました。

その後、明治30年頃、無加川一体の、昼なお薄暗い奥地の大森林を調査するために、山に分け入った人たちによって、良質な泉質、豊富な湯量の源泉が再発見されました。これが温根湯温泉のルーツです。

当館では、大江本家創始者大江輿四蔵(よしぞう)により、明治32年8月18日付けで温泉出願の免許を取得しましたが、当時は交通の便も悪く、大変に困難な時期が続きました。 しかし、明治40年拓殖道路(後の国道39号線)留辺蘂~温根湯間開通、大正元年鉄道開通により、入浴客増加への基盤ができていくことになったのです。

大江本家・113年

明治16年(1883年)
常呂郡6カ所戸長役場を常呂村に設置。常呂郡生顔常村に属する。
明治30年(1897年)
常呂村管轄区域から分離、野村牛村生顔常村戸長役場を設置。
明治32年(1899年)
大江與四蔵が温泉出願許可される。
明治40年(1907年)
1号線から19号線までの道路が開通。
明治42年(1909年)
2級町村制を施行される。
明治44年(1911年)
西武華特別教授場設立。(温根湯小学校の前身)
池田-野付牛間の鉄道が開通する。
明治45年(1912年)
網走-池田間の鉄道が開通する。
留辺蘂駅が開設される。
野付牛-留辺蘂間の鉄道が開通する。
留辺蘂-温根湯間に客馬車運行を開始する。
大正02年(1913年)
上武華特別教授場が設立。(大和小学校の前身)
大正04年(1915年)
野付牛から分村し、武華村が誕生する。2級町村制が施行される。
温根湯温泉神社が建立される。
武華郵便局が開設。
上武華第2特別教授所が設立。(厚和小学校の前身)
大正05年(1916年)
根湯に水力発電所を新設する。温根湯地区に電灯がつく。
武華巡査駐在所が設置される。
ムカ原野市街地区250戸区画測量する。
大正06年(1917年)
温根湯神社が建立される。
大正09年(1920年)
19号から56号までの道路が開通する。
官業事業が開始され、森林軌道敷説される。(翌年から運材開始)
大正10年(1921年)
6月15日付で町制施行され武華村を留辺蘂町と改称する。
留辺蘂-温根湯間の自動車運行が開始。(大江自動車)
大正11年(1922年)
無加川で大洪水が発生。
大正12年(1923年)
送電線及び留辺蘂変電所が新設され、市街地及び温根湯に配電される。
(北海道電灯会社)
昭和14年(1925年)
温根湯土産品組合の設立、熊彫り・民芸品の生産に乗り出す。
昭和21年(1946年)
恵泉国民学校元山分教所が設立。(伊頓武華小学校の前身)
昭和22年(1947年)
温根湯軌道利用組合が設立。
昭和23年(1948年)
温根湯農業協同組合が設立。
昭和25年(1950年)
温根湯温泉観光協会が設立。
昭和26年(1951年)
第1回温泉まつりを実施。
昭和31年(1956年)
温根湯公民館が新築される。
昭和32年(1957年)
大切国道(後の国道39号線)が開通。
エゾムラサキツツジ群落が北海道指定天然記念物となる。
温根湯商興会が結成。
大切国道が1級国道39号線となる。
温根湯簡易水道工事が開始。
昭和36年(1961年)
温根湯簡易水道の給水開始。
留辺蘂、温根湯市街大通りの舗装工事が完成。
昭和39年(1964年)
開町50周年記念式が挙行される。(9月21日)
昭和42年(1967年)
温根湯一条橋が竣工。
昭和45年(1970年)
温根湯スポーツセンターが開館。
第一回温根湯スキーまつりが開催。
昭和58年(1983年)
温根湯つつじ公園完成。
昭和59年(1984年)
水郷大橋完成。
開町70周年記念行事を挙行。
初代大江與四蔵初代大江與四蔵 二代大江與四太二代大江與四太
温泉免許証(創業当時)温泉免許証(創業当時)
大江本家の源泉の岩 大江本家の源泉の岩大江本家の女中たち
大江本家(昭和初期)大江本家(昭和初期)
エゾムラサキツツジエゾムラサキツツジ 盛り上がる祭りの様子盛り上がる祭りの様子
大江本家(昭和中期)大江本家(昭和中期)